カフェ紹介のインスタアカウントをフォローしていたら、いつの間にか「中の人がおしゃれにカフェ巡りするリール」専用アカウントになっていた。
迷わずフォローを外した。
こちらが見たいのはカフェの様子であって、あなたではない。
フォロワーが増えてくると、この手の「迷子」はどこのアカウントでも一定数出てくる。
企業の公式Xアカウントでも同じで、「中の人キャラ」の出し方を間違えた瞬間に、一気に嫌われる。
自我を出すのが悪いわけじゃない。
フォロワーが何を求めてフォローしたか、それを忘れた瞬間がアウトなのだ。
フォロワーはカフェ情報というプロダクトに課金(=フォロー)したのに、いつの間にかインフルエンサーのVlogを買わされている状態。
目次
承認欲求を抑えることで良い仕事ができるようになってきた
自分自身、以前はストーリーで調子に乗っていた時期がある。高い食事、旅行、「いい生活してる自分」を、脳汁ダラダラで投稿し続けていた。
それが冒頭のカフェアカウントや、同じようなことをしている知人のアカウントを見ていて、ふと我に返った。
30過ぎて、いつまでこんなことに一生懸命になってるんだろう、と。
いつだって向き合うのは画面の向こう側
「しょうもない欲」が落ち着いてきたことで、冷静に仕事と向き合えるシーンが増えた気がする。
マーケも集客も、本質はそこだと思う。自分がやりたいことをやるのがSEOでもコンサルでもない。
SEOもマーケも、あくまで手段に過ぎない。
突き詰めれば、画面の向こう側にいるユーザーの欲求を満たすこと。
SEOとは黒子に徹すること
- 余計なことをしない
- 一貫性のある施策やコンテンツ作りに徹する
- 地味で目立たない作業の積み重ねの方が大事
このようにSEOはいわば黒子であると感じる。
常におちついて、自分(自社)のことではなく、
訪問ユーザーファーストで何事もやっていかねばならない。
承認欲求が捨てきれないと、どこか自社の訴求をしたい気配が拭いきれない気がする。
まとめ
Xを眺めていると、過激な発言をするコンサル業者が増えた気がする。(じっくり見ているわけじゃないけど、アルゴリズムのせいか?)
「それ、お客さんの背景や状況によらない?」と思うことばかりで。
ただ、これが刺さるお客さんもいるんだろう。断言してくれる人、偉そうに見える人の方が、なぜか「できる人」に映るケースは確かにある。
過激さはアテンションを取るには効率がいい。 正確さや誠実さより、強い言葉の方がアルゴリズムに乗りやすいのも現実だ。
だから私は、そっとXを閉じるのです。